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活動情報

コラム

シューベルト

シューベルトは私にとって縁が遠い作曲家でした。ピアノ曲は本番にかけたこともなかったし、歌曲ときたら・・・大学受験から一筋に習っている歌のT先生は、根っからのオペラ歌手でプッチーニやヴェルディのアリアを教えるのがお好きです。声楽は、コーリューブンゲンからはじまってコンコーネ、サルバトーレマルケージ、イタリア歌曲集、トスティ、ドナウデイなど、イタリア歌曲に慣れ親しんだ後は、オペラアリア中心で、ドイツリートの勉強は覚えている限り1、2曲で曲名すら覚えていませんし、もちろんシューベルトをきちんと歌った記憶もありません。大学ではドイツ語が必修でしたが、数を3までしか数えられなくても単位が取れてしまって、ドイツ語に疎いのも心の壁になっています。ベートーヴェンもドイツ語脳が無いと弾けないのだと思いますが、そんな事を考える前に高校と大学の受験で弾いてしまいました。 シューベルトのピアノ曲は歌ものだと思います。歌の中でもドイツリートと同じ感覚で、お芝居をしてしまってもいけないし、激情を歌い上げるような感じでも無いと思うんです。どちらかといえば、美しい道に咲く花々をそっと愛でるような自然な感情を乗せるのが素敵なんだと思います。 ところでA先生に「ロマン派は弾かないのですか、このままだと手がカプースチンになってしまいます、レパートリーにシューベルトを入れて下さい」と。で選曲をはじめました。最初A先生は遺作のソナタを勧められましたが、子供の頃若い番号のソナタを一曲目弾いただけなのに2曲目が遺作というのも、なんだかもう終わっちゃうみたいなんで止めました。その後先生からは、私の身の丈に合うだろうと「即興曲」を勧められていましたが(遺作のソナタは荷が重いと思われたんでしょう)、それも自分的には身の丈ではなかったので、中学生高校生の頃好きだったソナタ、結局は遺作なんですが、もう一曲好きだったソナタを思い出しました。A先生にお伺いのメールをすると「イベール 物語」の時は返信に3日かかったGOサインが秒殺で返ってきました。 久しぶりにこの曲を聴いたり弾いてみると、カプースチンとは対極にあるように感じます。シューベルトとどのようにして親密⁈になるか、なれるのか、とても楽しみです。

カプースチンについて

ニコライ・カプースチンというロシアの作曲家をご存知でしょうか?10年くらい前から全音などで楽譜が出版される様になると、その「複雑で途轍もなく音数が多い譜面を超高速で弾く自作自演のCD」とともにちょっとしたブームになりました。しかも完全にジャズ語法なのです。このジャズサウンドと「高い山を登らずにはいられない」みたいなテクニック自慢の人には挑戦せずにはいられなさそうですが、やはりクラシックの人がジャズやロックへの理解なく譜面だけを追うと、ポピュラー世界な人が聴くとかなり気持ち悪いサウンドになりますし、そういう演奏もいっぱい聴きました。だから、自分が弾くのならちゃんとジャズの人に評価されたいと思ってきました。ちなみに私はカプースチンのジャズロック系の曲が好きです。 そんな時、モノホンのジャズピアニストの前でカプースチンを演奏する機会があり、「完全なるジャズ、これが書き譜になっているなら、自分も練習のために弾いてみたい」と言っていただきました。 カプースチンの自演の録音を聴くと、発音が根本的に違う様で、だからあの速さで演奏出来るのだと思います。どうしたらあのタッチになるのか!音の強弱があっても、全部の音をノンレガート、しかもマルカートで弾くと上手く真似出来そうだというところまでわかってきました。高速のフレーズと重音をマルカートだけで弾き続けるにはどんな練習が必要か…フランス留学した友人が、現地の先生からパァ✋の状態の指先一本ずつ鍵盤に叩きつけられながら一曲弾いたという話を思い出しました、また自分がA先生のレッスンで手を肩の高さと肘の間くらいに上げてから鍵盤に指一本ずつ叩きつけて超ゆっくりドビュッシーの映像を弾いたのも思い出しました。「牛牛」君という天才ピアニストが6歳でワルトシュタインを弾ける様にするために、お父さんが石版に牛牛君の手を腫れ上がるまで叩きつけた噂話(A先生談)も思い出しました。さぁ自分の指に情けは無用です。情けをかけると効果は半減します。強靭な指を作るには叩きつけられても耐えられる強靭な指関節と指先の痛みに耐えられる強靭な精神が必要な様です。今回の演奏では、カプースチンのファンで多数の曲を弾いているクラシックも素晴らしいけど電子オルガンの演奏者から「あなたの演奏はカプースチンそのものだった」と言っていただけました。 指が強くなったからでしょうか?そもそも本当に指は強くなったのでしょうか?自分の身体を使って人体実験した感が有ります。本当は生徒さんにやってもらって効果があったら自分がやりたいのだけど、生徒さんは先生の人体実験の効果があったところだけ欲しがります。

山の神仏を見てきました

先週ですが三井記念美術館に、生徒さんと行って来ました。午前中にレッスンを済まして午後から待ち合わせして出掛けるというパターンで、木曜が多いので木曜以外の生徒さんからは通称「木曜会」と言われています。この日は日本独特の山岳信仰、修験道や祀られている神仏を観て来ました。 役行者という実在する人物は、修行の末に物凄い能力を身につけて、鬼を従え日本中の山を開き川に橋を架けたそうです。平安時代には山岳信仰が大流行して、貴族は写経しては山の頂上に埋めに行ったそうで、藤原道長直筆の写経も豪華な円筒と共に展示されていました。因みに山岳信仰の象徴といえば、片足で踏ん張っているあの蔵王権現ですよね。   残念ながらこちらの展示は終了していましたが、物凄い数の蔵王権現がいました。修験道の聖地、金峯山寺や役行者が山腹に投げ入れて建立したと伝えられている投入堂のある三佛寺を中心に修験の世界を紹介していましたが、修験道とは山伏の修行で、奈良の吉野に行けば今でも装束一セット揃えて購入出来るそうです。 何とも珍しいものを見た後、COREDO室町3で和菓子をカウンターでいただいてきました。こちらは一週間前にFacebookにアップしました。この時間差は何なんでしょう。花より団子と言いますが、仏や修行より甘味なのは女子ならしょうがないですね。

国音の芸祭に行ってきました、リトミックについて

快晴で若干の紅葉も見られるキャンパスを訪ね、出身学部のリトミックコースとリトミックサークル主催の「リトミックの集い2015 BodyPhilharmonic」をリトミック専修の卒業生に誘われて観てきました。BodyPhilharmonicは造語なのでしょうか?プラスティックアニメアニメ(プラスティックアニメとは、リトミックの中の一つのアプローチで、プラスティックアニメは曲を分析し、まるでその音楽が身体から流れているかの様に表現することにより、音楽が視覚化され、観ていると音楽が立体的に感じることができ、パフォーマー自身が音楽をより深く感じることができます。)のようです。プラスティックアニメは、一見すると舞踏のようですが、音楽家や音楽教育者が振り付けをし舞台に上がると、当たり前ですが身体表現が未熟で素人芸を出ないことがジレンマです。カッコの中の説明の中にあったように、人にお見せするより、パフォーマー自身の音楽理解の助けになることの方が目的なのだと思います。

 

今回はリトミックサークルと3年生リトミック指導者コース、4年生リトミック指導者コースの3団体が出演していました。リトミックサークルは学齢期前の幼児対象にプログラムを作ったようで、ライオンやら猫、猿などの動物に扮し童謡を題材にパフォーマンスしていました。多分1年生も参加しているのでしょう、自分たちが将来リトミックを指導するだろう幼児が楽しんで音楽に触れられる機会を作りたいという情熱が感じられる舞台でした。次の3年生達は、等身大の自分たちの今を表現しているような感じがしました。動きも洗練され照明も効果的に使って、20歳前後の精神に合ったパフォーマンスをします。今までご機嫌で鑑賞していた2〜3歳児が2人一斉に怖くて泣き出しました。私的にはこの落差が最高にたまりません。4年生の発表は、集大成を意識したようなバランスのとれたプログラムで、即興的に音を使ったり、言葉遊び、などを効果的に入れていました。少人数なのもあってそれぞれの個性も引き立っていたようです。音大生の4年間の成長の過程を見たような気がしました。

 

私自身は音楽を視覚表現するのが前提のプラスティックアニメについては疑問視しています。今回演目でモーツアルトの「2台のピアノのためのソナタ」使われていました。例えば楽曲の軽快さを出すためにコミカルな表現を用いたとするでしょう。でもモーツアルトの音楽に神々しさを感じて演奏している人も多いと思います。舞踏の場合だったら表現しているものが、パフォーマーの肉体であり舞踏であって、音楽を視覚化している訳ではないので、どんな斬新なものでも共感を得られればいいのだと思いますが・・・

脱力するって?

ピアノを弾くとき、なぜ脱力しないといけないのでしょうか?長くピアノを習っていると、一度は先生から「もっと力を抜いて弾いて下さい」と言われた経験がある方が多いと思います。筋肉が緊張している状態でも弾けないことはないけど、身体に負担が多いだろうし、長くそのような練習を続けていると怪我に繋がりやすいですよね。取りあえず不快な感覚だし。私がA先生(プロフィールにお名前を出しちゃっているので誰かわかっちゃいますね)から言われたのは「本番で、精神が緊張したり興奮したりするのは当然だけど、身体まで緊張していたら良いパフォーマンスができなくなるから、普段の練習から身体を、緊張させる弾き方をしない事」。実践的です。ところで先日、大人の生徒さんと話していたのは「脱力しなさいと言われて脱力出来た試しがない」。脱力しなさい… はNGワードかもしれませんね。生徒さんが話していたのは、「習慣的に無自覚に身体を使っているので、その状態で緊張しているのかどうか、自覚が持てない。」自分の身体を中から見つめながらも何処か客観的な感覚も必要なのでしょうね。自分が教える立場だとこんなアドバイスをしたりします。 肩関節の中の空間を広げる様に意識を向けること。 3指4指を動かす時に親指と人さし指の間を縮めない。 親指側でなく小指側が中心になる様に意識する。 のどれか一個だけ言います。レッスンで弾くだけでも大変だろうに、あれこれ言われたら、パニックになっちゃうだろうと、自分が言われる立場なら思うので。 なぜか太極拳やクラシックバレエなどの二の腕の使い方と似ているような。大きな丸いものを抱えるように…ってよく言われましたが、美しい身体の使い方って無理のない動きからくるのかもしれませんね。

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